伝承の保護者と破壊者

35年前の民話採集についての記事ですが、興味深い内容なのでご紹介します。

上田民俗研究会『上田盆地』第19号(1980)(昭和55年4月)
「上田・小県地方の民話」大沢智恵 36頁(32頁~)

○おわりに
(中略)
二、民話の採集者、再話者が気をつけたいこと
 上田小県地方ばかりではありませんが、「民話集」「伝説集」と銘打っている本の中に、よく吟味してみると、著者の個人的創作を一、二、ないまぜて載せてある本が、間々見受けられます。
「創作民話」というのは、それ自体、確立した部門を持つ立派な仕事ですが、地方の伝説集を集めた中へそれをさしはさむということは、厳につつしまなくてはなるまいと思います。受けとる側に誤解を生みやすいと思うからです。その土地の伝承に困乱を与えるもとになると思うからです。
 せめて、それが創作だということを明記すべきですし、もっと言えば、別の機会を待つべきではないでしょうか。
 現に、それを下敷として、また他のグループで「○○地区の伝説」として、あたかも聞き取りをしたかのように書いている本を見つけて唖然としたことがあります。
 民話に尾ひれがつくのは当然のことです。はじめは爪の先ぐらいの話だったものが、民衆の気に入った話題だと、さまざまに尾ひれがついて、ますます楽しくなっていきます。
 ですが、それとこれとは別なことです。たった一人の人の創作が、次第に、「この土地の伝説だよ。」ということになってしまいます。
 言わば、中から芽生え成長したものではなくて、外から押しつけられた形です。
 伝承に名を借りながら、その土地の人々の知らない所で出現し、成長していくということになるでしょう。これでは、民話ではありません。


考えさせられたことを2つ書きます。
一つは、民話の本に個人的創作が混じっても、それを分別することは非常に難しいということです。著者の大沢氏も「著者の個人的創作を一、二、ないまぜて載せてある本が、間々見受けられます」と書きながら、具体的な書名・話名を書いてはいません。民話の本はそれほど多くはなく、「間々見受けられる」ということは創作の混じった本が相当数あるということだと思います。それらに対し、気付いていてもほとんど何もできないのが実情です。

二つめは、記事では「著者の個人的創作」を問題にしていますが、「話者の個人的創作」については触れていません。話者の個人的創作を判別するには、一つの話について数多くの採話をし、そこから判断する必要があると思います。しかし、民話関係の本を見てきた限りでは、それをやった人がいたようには見えません。正確に採話されたもの以外を除外するとなると、ほとんど資料が残らないかもしれません。

小山真夫『小県郡民譚集』(1933)、『小県郡史 餘篇』(1923)、藤沢衛彦『日本伝説叢書 信濃の巻』(1917)等にも話者の個人的創作が混じっている可能性はあると思います。
創作性の強い話を好んで収録しているように思われる本としては、須藤紫水『郷土の伝説 東信の巻』(1959)、神津栄『東信の伝説と民話集』(1978)等があります。

伝説・民話を本にすれば、衰微する伝承を残し伝えることができますが、そこに個人的創作や改変が混じれば、伝承は変質し、変質した伝承が本来の伝承を駆逐します。
民話の研究者・愛好家の多くは、伝承の保護者であると同時に破壊者でもあったのかもしれません。