「そろばん玉のような蛇骨石」の謎

蛇骨石

蛇骨石

上田市誌 自然編には蛇骨石について次のように書かれています。

上田市誌 自然編(1) 上田の地質と土壌」平成14年(2002)
19ページ
灰沸石は,以前はソーダ沸石と呼ばれたもので,針状の結晶が放射状にくっつきあっていて,そろばん玉のように見えるものは蛇の骨に似ていることから”蛇骨石”とも呼ばれるようになりました。

以下の疑問点があります。
・そろばん玉のように見える蛇骨石は少なく、そう見えないものの方が圧倒的に多い。
・蛇の骨には、そろばん玉のように見える部分は見当たらない。
・そろばん玉の形について言及があるのは一部の地学に関する本のみで、伝承に関する本にはない。


上田市誌」の前には「上田小県誌」と「長野県地学図鑑」にそろばん玉の形についての記述がありました。

「上田小県誌 第4巻 自然篇」 昭和38年(1963)
95ページ
蛇骨石は、小県郡塩田町西塩田手塚から産する図63のような沸石で、針状結晶の集合体をなす鉱物である。放射状に集合し、この外側がくっつき合っているためそろばん玉のような形をしている白色の3~4cmほどの大きさの結晶である。

文中「図63」は沸石の標本の写真です。この標本は約4cmの大きさで、そろばん玉のような形をしています。
現実の蛇骨石は大きさも形も様々です。「そろばん玉のような形をしている白色の3~4cmほどの大きさの結晶である」という説明は、一部のものにしか当てはまりません。
蛇の骨に似ているという直接的な記述はありません。


「長野県地学図鑑」信州地学教育研究会 昭和55年(1980)
144ページ
小県郡独鈷山はガラス質の安山岩からできているが、この中に沸石をはじめ幾つかの変質鉱物が含まれている。沸石は石英分へアルミニウム、ナトリウムまたはカルシウムが加わったもので、熱すると結晶の間へ含まれていた水が泡を出すのでこの名が付いた。針状の結晶が放射状に集まり、その表面がくっつき合ってそろばん玉のように見えるものを地元の人たちは蛇の背骨の関節に似ているところから蛇骨石と呼んでいる。

「蛇の背骨の関節に似ている」という記述があります。しかし、蛇の骨を見てもそろばん玉に似ているようには見えません。遠目に見ればそう見えなくもない、という程度です。
(「曖昧表現と思い込み解釈」のパターンだとすると、『上田小県誌』の「一個の蛇骨石標本」の曖昧な記述を、「地元での一般的な蛇骨石の認識」と思い込み解釈をしたのが『長野県地学図鑑』の記事?)

一方、伝承に関する本には、そろばん玉の話はありません。蛇の骨に似ているという話もありません。大蛇の骨が石になって散らばった、という話だけです。

「長野県町村誌 手塚村」 明治15年(1882)
後蛇死して遺骨皆な石となる。是蛇骨石此の淵の中に産する所と云ふ。

小山真夫「小県郡民譚集」 昭和8年(1933)
57ページ
其後大雨が降って洪水が漲って山澤をひたし、大蛇の遺骨は川に流れて蛇骨石《じゃこつせき》となり其流れ下に散らばった。

「上田小県誌 第5巻 社会歴史 補遺・資料篇 1」 昭和48年(1973)
626ページ
その後大雨が降って洪水がみなぎって山沢をひたし、大蛇の遺骨は川に流れて蛇骨石《じゃこついし》となり、その下流に散らばった。

上田市誌 民俗編(4) 昔語りや伝説と方言」平成15年(2003)
61ページ
その後、大雨が降って洪水がみなぎって山や沢をひたし、大蛇の遺骨は川に流れて蛇骨石《じゃこついし》となり、その下流に散らばりました。


昔から蛇は水神や水神の使いと考えられてきました。初めて蛇骨石を見た人は「何かの骨か?」と考えたと思います。動物の骨が落ちていることは珍しいことではありません。しかし、自分が知っている動物の骨ではないことにも気付いたはずです。そして、自然に、霊獣である龍や蛇の骨かもしれない、と考えたのではないでしょうか。「形が蛇の骨に似ているから」という理由付けは必要なく、少なくとも一般的な伝承としては存在しなかったのではないかと思います。

では「そろばん玉のように見える」「そろばん玉のようなものは蛇の骨に似ている」という話はどこからきたものなのでしょう?


※追記: 最近の蛇骨石の由来話?
新しい鞍が淵伝説
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