文化祭

塩田公民館の総合文化祭の展示を見てきました。絵画や手芸等の同好会の作品展です。自然や郷土史関係はありませんでした。

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この時期さらにローカルな文化祭等のイベントがたくさんあります。なかなか面白いのですが、外部への案内はほとんどないので、自分で情報収集する必要があります。また、内々に楽しむ向きのイベントでは余所者が無遠慮に立ち入ったり喧伝したりはできません。

芝生の中に独鈷山の安山岩がありました。何か由来はあるのでしょうか。
小さな沸石類が無数に見えます。比企忠、高壮吉、神保小虎が採集し、保科百助は「少くとも八九種位の沸石ある可しとの見込みなりと云ふ」と書いています。沸石類について詳細に調べられたことはまだないようです。

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「五無斎 保科百助全集」より
明治42年(1909) 保科百助「おもちゃ用鉱物標本説明」
 二四 沸石 (母岩 安山集塊岩 産地 小県郡西塩田村手塚)
 是等の空隙中には沸石類玉髄及び方解石を含有するなり。工学士高壮吉君の語る所によれば、少くとも八九種位の沸石ある可しとの見込みなりと云ふ。即ち曹達沸石最も多く魚眼石輝沸石、斜方沸石の類をも産するなり。
 即ち本標本は何沸石とせずして只単に沸石としたる所以なり。尚同地の人々は此曹達沸石の事を蛇骨と称ふるなり。

(保科百助は「曹達沸石」と書いていますが、現在では灰沸石や中沸石とされています。また「同地の人々は此曹達沸石の事を蛇骨と称ふるなり」と書いていますが、明確な区別はなく、他の白色の鉱物も含めて蛇骨石と呼ばれることがあります。
「曹達沸石最も多く」は最も多く目にするという意味でしょうか。量で比較するなら、各種沸石の微小結晶もかなり多いので、詳しく調べてみないとわからないと思います。)