よいかゝをほ志な百首け(続き)

緒言以外のテキストです。
「跋 此書を読みて次の如く評したる人あり」の内容は、親しい誰か(または本人)が書いた宣伝文でしょう。
狂歌は以下のように文節の末尾に「。」がありますが、ここでは削除しました。
其六十八。ふんどしを。洗ふ度ごと。おもふかな。下女を兼務の。かゝをほしなと。

絵も含め公開されると嬉しいですが、今でも「風教に害ある」と言われるのでしょうか。



よいかゝをほ志な百首け

山田禎三郎君 題歌
惺々暁文君
豊田笠洲君 狂画
林 探楽君
金井羊我君表紙図案

よいかゝを ほしな百首け

五無斎保科百助著

  以旧作為題詞
五無斎がか可を保志なと
百度も歌ふを助と
 人はいふら舞
明治卅九年夏秋水市隠山田禎


緒言(略)



其一 年取つて見れば無闇に思ふかな 此世でどうかかゝをほしなと
其二 五無斎と呼び来れども思ふかな 一ツへらしてかゝをほしなと
其三 跡つぎもひとりはあれと思ふかな それにつけてもかゝをほしなと
其四 元日に逢ふたび毎に思ふ哉 今年はどうかかゝをほしなと
其五 人のかゝ見る度ごとに思ふ哉 うちにもこんなかゝをほしなと
其六 墓まゐりする度毎に思ふかな 世間なみにはかゝをほしなと
其七 寺参りする度毎に思ふかな 天女のやうなかゝをほしなと
其八 両親の位牌を見ては思ふかな 線香立つるかゝをほしなと
其九 孟子伝読むたびごとに思ふ哉 こんな子を生むかゝをほしなと
其十 幼稚園見る度ごとに思ふかな 子宝多きかゝをほしなと
其十一 晏子伝見る度毎に思ふかな 亭主はげますかゝをほしなと
其十二 にはとりを見る度毎におもふかな 早起すきなかゝをほしなと
其十三 傾城を買ふたびことに思ふかな ホンノリとやくかゝをほしなと
其十四 芸者をば買ふ度毎に思ふかな あいきやうのよきかゝをほしなと
其十五 蜜蜂を見る度毎に思ふかな 仕事好きなるかゝをほしなと
其十六 筝のことみる度ことにおもふかな コイツのひけるかゝをほしなと
其十七 歌かけといはるゝたびに思ふかな 代書をさするかゝをほしなと
其十八 角力とりみるたびごとに思ふかな 体格のよきかゝをほしなと
其十九 たなばたにあふ度毎におもふかな 僕も今宵はかゝをほしなと
其二十 三ツ組の杯見てはおもふかな ちぎりかはさんかゝをほしなと
其二十一 よろこびのあるにつけてもおもふかな 共に楽むかゝをほしなと
其二十二 悲しみのある度毎におもふかな こゝろやさしきかゝをほしなと
其二十三 暗やみに山路を越えておもふかな 案じて呉るゝかゝをほしなと
其二十四 家鴨やをはじめてみればおもふ哉 お世辞のうまきかゝをほしなと
其二十五 ひやざけをのむ度ことにおもふかな お燗番するかゝをほしなと
其二十六 宴会に出て行く度におもふ哉 ご無事でといふかゝをほしなと
其二十七 よつぱらひ帰りし時におもふかな いまお一つといふかゝをほしなと
其二十八 大酒を飲みたる時におもふかな 水をもて来るかゝをほしなと
其二十九 二日酔する度毎におもふかな ビールでも出すかゝをほしなと
其三十 夜明け方帰りし時におもふかな お早うといふかゝをほしなと
其三十一 つりあはぬ様ではあるがおもふ哉 箱入むすめかゝにほしなと
其三十二 女学校見る度毎におもふかな えび茶式部をかゝにほしなと
其三十三 小説を見る度毎におもふかな コイツのやうなかゝをほしなと
其三十四 別品を見る度ごとにおもふかな 一夜でもよしかゝにほしなと
其三十五 女子師範行く度毎におもふかな 月給取れるかゝをほしなと
其三十六 家鴨をば見る度ごとにおもふかな をつと大事のかゝをほしなと
其三十七 十々の蚊厨の中にておもふかな 独じや広しかゝをほしなと
其三十八 米櫃のがたつく度におもふかな こくやのむすめかゝにほしなと
其三十九 生マ葱で酒飲む度におもふかな さかな屋のむすめかゝにほしなと
其四十 徳利をば倒しつくしておもふかな さかやのむすめかゝにほしなと
其四十一 着るものも破れた時におもふかな 呉服屋の娘かゝにほしなと
其四十二 七つ屋の前を過ぎてはおもふかな 着物の多きかゝをほしなと
其四十三 此本を出版してはおもふ哉 版木屋のむすめかゝにほしなと
其四十四 かけとりの来る度毎におもふかな 持参金あるかゝをほしなと
其四十五 借金のあるにつけてもおもふかな 共稼ぎするかゝをほしなと
其四十六 借金取来る度毎におもふ哉 お断り言ふかゝをほしなと
其四十七 金持の前を過ぎてはおもふかな 此家の娘かゝにほしなと
其四十八 飲みすきて腹やむたびにおもふかな もみ療治するかゝをほしなと
其四十九 乱雑な書斎に居てはおもふ哉 掃除のすきなかゝをほしなと
其五十 われ日々に三度は物をおもふかな お三の出来るかゝをほしなと
其五十一 朝茶をば飲む度毎におもふかな ちやうけでも出すかゝをほしなと
其五十二 手もり飯喰ふ度毎におもふ哉 きう事でもするかゝをほしなと
其五十三 行水をする度毎におもふかな せなかをながすかゝをほしなと
其五十四 けんぺきの張るたびごとにおもふかな 按摩の出来るかゝをほしなと
其五十五 毎夜々々寝るたびことにおもふ哉 床とりくるゝかゝをほしなと
其五十六 垢じみた着物きるたびおもふかな おはり上手なかゝをほしなと
其五十七 汗くさき単衣きる度おもふかな せん濯ずきなかゝをほしなと
其五十八 病気して臥したる時におもふかな 看護婦ひとりかゝにほしなと
其五十九 寝びえして風ひく度におもふ哉 女の医者をかゝにほしなと
其六十 うたゝ寝をする度毎におもふかな 枕持て来るかゝをほしなと
其六十一 袴着て出る度ごとにおもふかな をりめただしきかゝをほしなと
其六十二 放屁して尻寒き時おもふかな ほころびをぬふかゝをほしなと
其六十三 長居する客来るたびにおもふかな 不愛想なるかゝをほしなと
其六十四 来客の繁き時にはおもふかな 長吏の娘かゝにほしなと
其六十五 妾宅を見る度毎におもふかな 一人でよいがかゝをほしなと
其六十六 蚤しらみ取る度ごとにおもふ哉 これはうるさしかゝをほしなと
其六十七 星と菫見る度ことにおもふかな なま意気ならぬかゝをほしなと
其六十八 ふんどしを洗ふ度ごとおもふかな 下女を兼務のかゝをほしなと
其六十九 饂飩粉を見る度ごとにおもふかな 黒くもよいがかゝをほしなと
其七十 おきやんさん見る度ことに思ふかな 山出しむすめかゝにほしなと
其七十一 後家さんを見る度ごとにおもふかな としまなれどもかゝにほしなと
其七十二 しこつめを見る度ことにおもふかな これでもよいがかゝにほしなと
其七十三 下女会議聞く度ことにおもふかな 唖《おつち》のむすめかゝにほしなと
其七十四 四海皆はらからと聞いておもふかな 非人でもよしかゝにほしなと
其七十五 義足をば見る度ごとにおもふかな ちんばでもよしかゝにほしなと
其七十六 旧友と飲むたび毎におもふ哉 つんぼのむすめかゝにほしなと
其七十七 按摩をば見るたびごとに思ふ哉 めくらでもよしかゝにほしなと
其七十八 長右衛門の芝居を見てはおもふかな お半のやうなかゝをほしなと
其七十九 赤ん坊みる度ごとに思ふかな 若し女ならかゝにほしなと
其八十 おばあさん見る度毎におもふかな ぢゞいでもよしかゝにほしなと
其八十一 神代史読む度毎に思ふかな うずめのみことかゝにほしなと
其八十二 源語をは見る度ことに思ふ哉 紫式部かゝにほしなと
其八十三 百人首よむたびことに思ふかな 小野の小町をかゝにほしなと
其八十四 どうしても歌出ぬ時に思ふかな 蜀山人をかゝにほしなと
其八十五 池の端かはづ見る度思ふかな 松尾芭蕉をかゝにほしなと
其八十六 巻煙草吸ふ度ことに思ふ哉 本居うしをかゝにほしなと
其八十七 起きて見つ寝てみつ物をおもふかな 加賀の千代女をかゝにほしなと
其八十八 列女伝よむたびことにおもふかな とれでもよいがかゝにほしなと
其八十九 宴会のあるたび毎に思ふかな お恵比寿さんをかゝにほしなと
其九十 みづうみを渡る度ごとおもふかな 弁才天女かゝにほしなと
其九十一 仏前のほこりを見ては思ふかな 尼僧ひとりかゝにほしなと
其九十二 膝栗毛よむ度ごとに思ふかな 弥次北八をかゝにほしなと
其九十三 仏国史よむ度ごとにおもふ哉 ジヤンタークをばかゝにほしなと
其九十四 征露史をよむたび毎におもふ哉 ジンキスカンをかゝにほしなと
其九十五 日の本に生れしわれはおもふかな 桜の花をかゝにほしなと
其九十六 豊年の兆と聞けば思ふかな おゆきさんをばかゝにほしなと
其九十七 田子の浦漕ぎ出て見れば思ふかな お富士さんをばかゝにほしなと
其九十八 お月様見る度毎に思ふかな アナタでもよしかゝにほしなと
其九十九 おもふかな又おもふかな思ふかな おもひ焦れてかゝをほしなと
其百 どうしても無いと言ふなら思ふかな 森羅万象かゝにほしなと


此書を読みて次の如く評したる人あり。曰はく五無斎の自叙伝なり。一部の修身書なり。一種の哲学なり。星と菫とを歌ひ精神に異状を呈し其極遂に華厳の瀑布《たき》や浅間山の噴火口を煩はしブランコ往生を遂げ鉄道自殺をはかるが如き青年男女の煩悶苦悩を治療するが為めには最も特効あり。中学校の教員も読む可く高等女学校の先生方も見ざるべからず。父兄は言ふまでもなく子女亦然り。絵書きの手本ともなれば歌よみの参………
五無斎曰はく其位にてよし。謹諾
 我こそは 日本一の 窮民で
   三ッつ兼ねたれ 鰥《くわん》と孤《こ》と独《どく》。