蛇骨石の名前の由来について

以前、産川の蛇骨石がなぜ、実際には似ていないそろばん玉や蛇の骨に似ていると言われるのか?という話を書きました。明確な根拠はないのですが、自分なりに仮説を考えてみました。

 

「蛇骨」と呼ばれたのは何かの骨に似ているからではなく、白い骨の破片のような石で、水神に関係する動物である蛇が連想されたためだと思います。しかし、一度名前が付くと、その名前から(実際に似ているかどうかは関係なく)「蛇の骨に似ている石だから蛇骨石と呼ばれるようになった」という由来が作られるようになります。

 

由来を必要とする人は、似ていなければ似ているところを何とか探し出そうとします。「そろばん玉の形が蛇の背骨の関節に似ている」「ヘビの肋骨がとぐろを巻いたまま石化したように見えないこともない」等です。肋骨に見立てたのは、草下英明「鉱物採集フィールドガイド」(1988)です。背骨の関節に見立てたのは「長野県地学図鑑」(1980)です。「針状の結晶が放射状に集まり、その表面がくっつき合ってそろばん玉のように見えるものを地元の人たちは蛇の背骨の関節に似ているところから蛇骨石と呼んでいる」と、地元の伝承として書いています。しかし、明治時代の手塚村誌、前山村誌、小県郡民譚集などにはそのような記述はなく、新たに「名称から由来が作られた」可能性が高いように思います。

 

蛇の骨への見立ては「蛇骨」の名前が付いた頃からあったはずですが、見立てに無理があるため口頭伝承では普及しなかったのかもしれません。活字メディアによって文字に固定されることで、実情から離れ無批判に拡散されるようになったのではないかと思います。

 

そろばん玉への見立ては、おそらく「上田小県誌」が始まりだと思います。

 

「上田小県誌 第4巻 自然篇」昭和38年(1963) 95ページ

 

蛇骨石は、小県郡塩田町西塩田手塚から産する図63のような沸石で、針状結晶の集合体をなす鉱物である。放射状に集合し、この外側がくっつき合っているためそろばん玉のような形をしている白色の3~4cmほどの大きさの結晶である。

 

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1つめの文章は蛇骨石の説明です。2つめの「放射状に集合し~」の文章は、内容から考えると図63(一つの標本の写真)の説明なのですが、主語がないため、一般的な蛇骨石、または典型的な蛇骨石の説明として解釈できてしまいます。そして、そのように解釈して書かれたのが「長野県地学図鑑」の記事ではないかと思います。

 

口頭伝承は様々なものが生まれますが、また消えても行きます。一方、文字で書かれた伝承は、誤り、不合理、意味不明なものであっても残り続け、繰り返し拡散しようとします。
今も「針状の結晶が放射状にくっつきあっていて,そろばん玉のように見えるものは蛇の骨に似ていることから”蛇骨石”とも呼ばれるようになりました」という上田市誌の記述が伝承され続けています。

※追記:最近の蛇骨石の由来話?
https://kengaku2.blogspot.com/2020/10/blog-post_27.html