武石の武石(ブセキ)

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先日、武石(たけし)の地質観察会でブセキの入った凝灰岩を見ました。武石公園からは遠く離れた場所で、ちょっと意外でした。
緑色凝灰岩に黄鉄鉱が入っていることは多くあります。石英脈にできているもの、ロウ石化した中で半ば塊状になっているもの、それよりは硬い凝灰岩の中で六面体から五角十二面体の結晶になっているもの等です。それぞれの分布はどうなっているのでしょうね。

2枚目の写真は上田創造館の企画展「上田地域の地層・化石・鉱物」から、武石の褐鉄鉱(ブセキ)です。武石のブセキは市指定の天然記念物にもなっています。
大部分、六面体から五角十二面体の中間の形をしています。(上の結晶図)
数ミリの小さなものは六面体に近いものが多く、1センチ前後のものは五角十二面体との中間のものが多いように見えます。

ブセキ・黄鉄鉱の説明をするために、いつ頃、どのようにできたのか、調べてみたのですが、はっきりしませんでした。緑色凝灰岩が堆積したのは内村層の時代です。堆積時にできたものと、ずっと後に熱水作用でできたものとが、あるのかもしれません。


この鉱物を村名と同じ「武石(ブセキ)」という名前で呼ぶようになったのは偶然や思い違いからなのでしょうか。意図したものだとしたら、ややこしくなかったのでしょうか。

雲根志を書いた木内石亭と親交があった木村蒹葭堂(けんかどう)のコレクションでは武石のブセキを「自然銅」(じねんどう)としています。
http://www.mus-nh.city.osaka.jp/collection/kenkado/stones/1/1_5_2.html

明治5年(1872)「澳国博覧会出品目録」に武石村の「武石」があります。
保科百助と関連付けた説明を見ることがありますが、それ以前から「武石のブセキ」は知られていたようです。