八木貞助による「長野県地学標本」の分類について

八木貞助(1879-1951)は大正4年(1915)11月「信濃教育」に「保科百助君と信州地学」を寄稿しました。保科百助の死の4年後です。八木貞助は長野県高等女学校(長野西高校の前身)の教員でした。高等女学校は保科百助が長野県地学標本を製作した場所です。

次のような書き出しです。当時、保科百助がどう見られていたのかわかります。
八木貞助「信濃鉱物誌」(1923) 掲載の「保科百助君と信州地学」より

一代の奇人を以て目されたる五無斎保科百助君逝いて茲に五年墓樹将に稠からんとす。君が愚と罵られ痴と擬せられ、或は磊落不羈を以て称せられ、稚気あるを以て愛せられ、或意味に於て厄介視せられたる、常軌を逸せる其行動、転々波瀾に富める四十四年の活生涯と、極めて多角的なる其性格とに就ては、論ずべく将た伝ふべきもの枚挙に遑あらざらん。吾等は今君が信州地学に致したる事項を録して君の真面目なる一端を窺はんとするなり。


さて、「保科百助君と信州地学」には「長野県地学標本」の分類として以下のような一覧があります。

236種
  岩石
    変成岩 13種
    水成岩 22種
    火成岩 69種
  化石    22種
  鉱物
    元素  2種
    硫化物 10種
    酸化物 18種
    鹵石物 1種
    酸塩物 46種
    有機物 6種
  土器石器  8種

岩石104、化石22、鉱物83、土器石器8、合計217
なぜか合計しても236種になりません。

「長野県地学標本」の実際の標本数は243です。

243標本
  岩石
    変成岩 19
    水成岩 35
    火成岩 71
  化石    21
  鉱物
    元素  3
    硫化物 10
    酸化物 18
    鹵石物 1
    酸塩物 50
    有機物 6
  土器石器  9

岩石125、化石21、鉱物88、土器石器9、合計243

複数の標本を1種とカウントして、243標本を236種に分類する方法を考えてみたのですが、わかりませんでした。どうもそうではないように思えます。八木貞助は243標本の「長野県地学標本」を分類したのではないのかもしれません。
長野西高校には他とは箱の大きさが異なる「長野県地学標本」があるそうです。もしかしたら中身が異なるものがあったのかもしれません。